東欧旅行5日目(11月19日)。
 朝プラハを発ち、チェコ国境近くの城下町チェスキー・クルムロフを経て、夜6時半ウィーン・ボセイホテル(Hotel Bosei Wien)着。
 21日朝ブダペストへ向かうまでの2泊3日、といっても実質丸1日のウィーン市内観光となる。

 ホテル到着直後の夕食はウィンナーシュニッツェルだった。悪いことは重なるものだ。
 一つ、9時間にも及ぶバス移動で疲れていた。
 二つ、この料理は揚げたてが命。ぼくたちが遅れて到着するまで、それは揚げ終ったままでずっと待っていた。
 原語でWiener Schnitzel。たたいて薄く伸ばした仔牛肉をこんがり揚げたカツレツ、ということだが、皿の上は(悪くいえば)冷めたピザ風で、ころもが湿って油が浮いていた。
 半分近く残す。残さざるを得なかった。名物料理の責任ではない。旅行にこういうことはつきもの、と観念した。

 明くる20日は長い一日となる。8時にホテルを出発してまずはシェーンブルン宮殿へ。夜のオペラ見物を終えてホテル帰着が夜10時半だった。
 順を追うことにする。 

シェーンブルン宮殿 (Schloss Schonbrunn)

シェーンブルン宮殿

 宮殿内部を見学するだけで終ってしまった。宮殿広場には、グロリエッテ(丘の上に建つギリシャ神殿風パビリオン)、王宮庭園、温室、動物園、等があって、1日かけてもあきないそうであるが。

 17世紀後半から18世紀前半にかけて皇帝レオポルト1世が手がけ、18世紀後半のマリア・テレジアの時代に完成された。
 1441室あるそうで、うち45室が一般公開されている。ぼくたちは20室ほど見学したか。印象に残った部屋をいくつかあげると、

鏡の間
 華麗なロココ様式。当時6歳のモーツアルトがここで御前演奏を行ったよし。
大ギャラリー
 全長43m、幅10mの大広間。天井の壮麗なフレスコ画に注目。
百万の間
 膨大な費用を投じたことでこの名があるとか。ローズウッドの板張りに、インド・ペルシャ様式の細密画がきらびやかにはめ込まれている。
フランツ・カール大公の執務室
 マリア・テレジア一家の有名な肖像画がある。
(「地球の歩き方ポケット18」を参考)

 23年前(1980年)に、D鋼G専務のカバン持ちで訪れたときは、宮殿広場も散策したはずなのだが……。

1980年のシェーンブルン宮殿

 
ベルヴェデーレ宮殿
(Schloss Belvedere)

 ここは23年前の思い出がある。G専務にけしかけられて、女獣彫像のふくよかな乳房に手を触れて写真に納まった。たしか専務も「オレもかみさんに見せてやろう」と言って……。
 8月初旬の天気晴朗の日だった(ついでながら、あのときの写真をもう2枚添付する)。

 今度はぼくが妻をけしかけて写真に納めた。今回は11月中旬だが、そのわりには暖かい日だった。

ベルヴェデーレ宮殿

 写真の向こうは下宮で、こちらの位置が上宮。その間がきれいな庭園になっていて、素晴らしい眺めだ。ベルヴェデーレとは、"美しい眺め"の意という。

ベルヴェデーレ宮殿、上宮内
 ベルヴェデーレ宮殿上宮は、バロック様式の建物で、内部は19、20世紀の近代絵画館だ(右写真)。クリムトの絵が目玉だそうであるが、時間が足りず、入らなかった。
  

美術史博物館
(Kunsthistorisches Museum)

 ブルクリンク(Burgring)大通りにあって、隣がマリア・テレジア広場(Maria Theresian Platz)、その向こうが自然史博物館(Natistorisches Museum)。
 添乗員のT氏が言っていた。
「特別の当てがなければ美術史博物館を奨めます。馴染みの絵もたくさんあって、時間を忘れます」
 その価値十分だった。
 手前庭園奥のシラー像を撮影してから館に入る。2階の絵画ギャラリーだけで、たっぷり2時間過ごした。

 ルーベンス、レンブラント、ブリューゲル、ヴェラスケス、フェルメール、ラファエロ……、絵画音痴のぼくでも名と画風は見当がつく。それらが何部屋も続いている。腰掛けがほどよくあったからよかった。疲れた足を休めることができた。
 ルーベンスとレンブラントは東京で特別展を見たことがある。ここの点数はその比ではない。広々とした会場の雰囲気も絵を引き立てている。

ヴェラスケス
ヴェラスケス
ベーコン
ベーコン

 一角にフランシス・ベーコン(Francis Bacon)の特別展があった。16世紀の哲学者ではない。ダブリン(アイルランド)生まれの20世紀シュール・レアリストという(1909-92)。
 おどろおどろしく、サイケな絵がうんざりするほど並ぶ。横の小さな部屋で映画もやっている。
 オーソドックスな絵のあとでこのコーナーに来たせいか、一瞬気味悪さを感じた。しばらく見て歩くと、心惹かれる絵もある。
 当然ながらそのときまで、画家フランシス・ベーコンなる名も絵も知らなかった。帰国してインターネットで調べたら、ある、ある。さるサイトには、「ダブリン生まれ。調教師の息子。第2次大戦後から、法王やキリスト、レスラーなどを風刺的に描いた」と。
 現実の人生遍歴はもっとどろどろしていたようだ。生き様は目を覆いたくもなるが、絵は絵画史に残っていくのかも知れない。

フランシス・ベーコン、その他の絵画

オペラ座 (Wien Staatsoper)
 
 旅行出発の10日ほど前にツアー最終日程が届いた。ウィーンの2泊は11月19、20日になっている。
「オペラかコンサート楽しんできてよ」
 そうアドバイスしていた娘が、インターネットで調べてくれた。それによると、
国立オペラ座(Wien Staatsoper)
11月19日
 Les Contes d'Hoffmann von J. Offenbach
 (オッフェンバッハの「ホフマン物語」)
11月20日
 Die Zauberflote
 (モーツアルトの「魔笛」)
フォルクスオーパー(Volksoper)
11月19日
 Martha
 (フロトーの「マルタ」
11月20日
 La Boheme
 (プッチーニの「ラ・ボエーム)
コンサートホール(Wien Konzerthaus)
11月19,20日
 ウィーン・シンフォニー・オーケストラ
 指揮:Vladimir Fedodsejev
 ピアノ:Fazil Say
 演目:
  シューベルト:交響曲第3番
  モーツアルト:ピアノ協奏曲 K467
  ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」
楽友協会ホール(Musikverein)
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
休演
アンデアウィーン劇場(Theater an der Wien)
11月19,20日
 Elisabeth
 (ミュージカル・エリザベート)
 
 楽友協会ホールのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が一番だが、残念ながら両日とも休演。次のコンサートホールはといえば、いずれもsold out。
 どちらかのホールでオーケストラのコンサートを、との思いがあったから、気勢がそがれた。他の会場は数席ずつ空いている。そのときまで国立オペラ座は眼中になかった。指揮者が小澤征爾ではないし、ということで。
 旅程では、19日、プラハからチェスキー・クルムロフへ立ち寄った後ウィーンへ。ホテル到着は7時を過ぎるかもしれない(実際には7時半に着いた)。
 20日は、午後自由行動・夜オプションとなっており、オプションは「ウィーンの森とホイリゲの夕べ」。ぼくたちはこのオプションをスキップして、音楽鑑賞にしよう≠ニ妻を説得した。
 がどうしてもこれ≠ニいうのがないし、コンサートホールに空きが出てるかもしれないし、万一の旅のトラブルも考えに入れ、予約はやめて現地で適当な当日券をあたることにした。

 20日朝、ホテルのコンシェルジュに確かめると、アンデアウィーンのほかは満席。予想は外れた。アンデアウィーンは文句ないのだが、D鋼専務と一緒のとき、ここで「メリーウィドウ」を見ている。できれば他のホール、と期待していたのだ。
 アンデアウィーンの「エリザベート」を保険として、オペラ座のキャンセル待ちに望みを託すことにした。ここでやっとオペラ座になるのだが、もったいなくも恐れ多い話だ。オペラ愛好者の冷たい眼差しを感じる。

 幸か不幸か夜のオプション「ウィーンの森・・」は人数満たずキャンセルされ、その日は午後からずっとフリータイムになる。
 昼食後オペラ座の当日券売り場へ。先客一人に10分以上待たされる。肩越しに見れば、キャンセル手続き中のようだ。言葉はチンプンカンプンだが、見当はつく。ラッキー!
 やはり、数席空きが出た。ただし超S席ばかり。ままよ、と衝動的決心に従う。
「VISAカードでいいですね」
「EUROのキャッシュでなければダメです」
 一瞬あわてる。
「通りの向こう側に銀行があるでしょ。そこでキャッシングできますよ」
 ほっとする。特等のバルコニー席を指で押さえて、
「ここの前列並びを2席お願いします。すぐに戻りますから」
「急いでください。長くは保証できませんので」
 幸い日本円万札$薄をウェストポーチの奥深くにしのばせてあった。銀行で両替えももどかしく、当日券売り場に引っ返す。
 少なくとも当初予定した予算の4倍以上。いくら≠ゥは、お互いの幸せのために内緒とする。
「ここはぼくのおごりにするから」
 ぎこちなく妻に宣言する……どうせ懐(ふところ)は同じなのだが。妻もなんとか観念したようだ。

 このあと7時半の開演まで、美術史博物館で過ごしたが、この話は上述のとおり。
  

 …………
 美術史博物館で長居した。急ぎオペラ座近くへ戻ったが、すでに6時半。少しは腹ごしらえと、ビストロに入る。待つ時間は長いの習い、すぐを期したスパゲティがなかなか出てこない。……オペラ座入場、7時15分。7時半開演。
 以下、高額料金回収とばかり、自慢話を大仰に吐露する。

Die Zauberflote
 (モーツアルトの「魔笛」)
指揮は残念ながら小沢征爾にあらず。

バルコニー席
1.RANG LOGE RECHTS Lage:12 Platz:1& 2

 ここは舞台に向かって2階正面やや右にある。テレビでよく"やんごとなきお方がおもむろに手を振って微笑む"あの席である。

ウィーン国立オペラ座

 7人用ブースで、前列が3席になっている。その2席にぼくたちが座る。もう1席はミュンヘンからこられたというお年を召した女性で、この貴婦人がよかった。
 ドイツ語が通じないと見ると、わかりやすい流暢な英語で話しかけてこられ、
「もう30年も前になりますが、日本に3週間ほど旅行しましたのよ。富士山もきれいでしたし、京都と岡山がとくによかったわ」
「ミュンヘンのオペラ座のほうがもっといいわよ。でも、ウィーンへ来たらここよね」
「魔笛はもう30回以上見たかしら。面白いわね。いつも笑ってしまうわ」
 事実よくお笑いになる。ゲラゲラでなく、高貴な方はこのように笑う、の笑顔だった。
 第1幕が終って拍手のあと、
「素晴らしいですね!」
 素直に感想を投げかけると、軽く首を横に振って、
「まあまあね。パパゲーノはいいですけど……。舞台もミュンヘンに比べれば……」
 にこやかなお顔で、答えは歯に衣着せない。
 最終第2幕が終了し、カーテンコールの途中で、
「足が不自由ですので」
 脇からステッキを出して、先に帰られた。笑顔の会釈が奥ゆかしかった。
 

 "魔笛"の音楽がモーツアルトの作曲であることは、高校受験に出たほどである。当時は舞台も音楽も知らぬまま丸暗記したものだが、物語は単純な喜劇だ。広辞苑を引用すると、
 (Die Zauberflote ドイツ) モーツアルト作曲の歌劇(ジングシュピール)。シカネーダーの台本。2幕。王子タミーノが鳥刺しのパパゲーノとともに夜の女王の娘パミーナを救う物語。1791年初演。

オペラ座の緞帳

 7時30分きっかり、舞台手前のオーケストラが序曲を奏ではじめる。客席が暗くなり、やおら満場の拍手で緑の緞帳が上がる。
 明るくシンプルな舞台に3人の乙女が舞い歌っている。静かな田園風景だ。
 舞台袖の梯子を上ってパパゲーノが登場する。
  …………


 さて帰り。路面電車がオペラ座正面すぐそこから出る。ただしホテル最寄りの停留所が近くない。ここはタクシーを利用することにした。
 順番待ちが長い。じりじりしつつ、30分ほどしてやっと乗車。10時を過ぎている。運転手は中年、精悍な中東顔。
 発車しはじめてホテル名を告げるが、首をかしげて要領を得ない。ツアー日程表を出して住所を手で示す。ようやく納得したようで、スピードを上げる。
 途中なぜか明るい大通りからそれて、暗い場末然のガタガタ道に入る。しばらく走る間、蚤(のみ)の心臓がさらに縮こまる。妻も頬がこわばっている。前方に車は見えず、対向車もなし。
「電車にすべきだった」
 いまさら取り返しがつかない。運転手に話しかけていいものか。ドイツ語は知らないし、カタコト英語をわかってもらえるかどうか。妻に何気ないそぶりでオペラのことをいくつかしゃべる。妻も自分も運転手もリラックスさせようとの魂胆である。どれほどの効果があるか、妻はぎこちなく相づちを打つ。運転手はニコリともせず前を見据えたまま。暗く殺伐とした夜道は長い。
 車は大きくカーブを切って広い通りに出る。すぐがホテルだった。
 運転手は無表情で向こうを向いたままメーターを指差す。11.50ユーロ(1530円)。チップを含めて13ユーロを渡そうとするが、12ユーロ少々で、あとは大きな札しかない。気兼ねしながらそれだけを渡すと、意外、運転手ははじめて会心の笑みを浮かべて「ダンケシェーン」。いい後味を残して去った。

 当日券購入についてひと言。
 オペラ座横のオーパンリンク(Opernring)通りにJCBのオフィスがある。当日券売り場へ行く前にそこに立ち寄るべきだった。JCBカードも使えるし、思わぬ情報が得られたかもしれない。
 ろくろく地図も確かめず、行きそびれた。なんのことはない、オペラ座のつい近くだ。
 ただ、オペラ座に限らず、どのホールでも空席さえあればそこで当日券は簡単に手に入る。「現地通貨でないとダメ」は意外だったが、ぼくとしては思わぬ体験をした。
ウィーン朗読(9'04") on
オペラ座朗読(12'26") on
メモ朗読(1'03") on
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