竜頭(りゅうず)ノ滝はごった返していた。
 竜頭と名が付くだけあって、高さ200mの急勾配を転げ落ちる怒涛は豪快である。その昔、男体山の噴火でできた溶岩壁。戦場ヶ原の上流から中禅寺湖に向かって流れる地獄川がここで一気に勢いを増して落下する。
 折りしも豊富な水量が滝のてっぺんからドドドーンと、巨大ドラム缶を次から次へひっくり返したようになって、水飛沫(しぶき)が観瀑台まで吹き上げていた。

竜頭(りゅうず)ノ滝

 12:30 昼食。
 竜頭ノ滝を横から眺められるところに格好の広っぱがあった。シートを広げて弁当を出す。昨夜念入りに作った小さめのおにぎりは具の味がほどよく沁みていた。4個すべて胃袋に消えた。 

自然研究路

 カラマツ、ミズナラの自然林に入る。小径は左右ニッコウザサに覆われて、しょっぱなから気分を和ませてくれる。観光客の人いきれもこの手前で切れていた。ここから自然林の森林浴と山々に囲まれた湿原を堪能することになる。戦場ヶ原だ。

 秋晴れに感謝しなければならない。乾いた湿原に渡された木道を歩きながら見晴るかす山々。西は日光白根山(2,577.6m)、北に三ツ岳(1,944.8m)、東側は太郎山(2,367.5m)、小真名子山(2,322.9m)、大真名子山(2,375.4m)、男体山(2,225m)。いずれも黄ばんで、点々と橙(だいだい)や朱色が混じっている。

男体山
正面は男体山

 この戦場ヶ原。男体山の噴火によってできた湖に土砂や植物が堆積した湿原、ということであるが……、物識り博士によれば、名前の由来はこうだ。

 『昔々、赤城山の神(大百足)と男体山の神(大蛇)の戦(いくさ)があった。その大激戦の場が戦場ヶ原であり、赤城山の百足軍が破れて、哀れ胴を切られ、足を刈って投げ込まれたところが切込湖と刈込湖』

 ”草紅葉(くさもみじ)”。恥ずかしいが、名前すら馴染みがなかった。
 確かに戦場ヶ原は初夏から秋にかけての花々、レンゲツツジ、ワタスゲ、アキノキリンソウ、ワレモコウ、……色とりどりに代わって、一面赤みがかった黄色の世界だ。 

赤い河

 渋滞で遅れた分、小田代原をスキップした。草紅葉に囲まれた『貴婦人』の観賞も次の機会に譲ることにして。

小田代原  後日、友人のNさんから写真が届いた。彼、たまたま同日、小田代原に居たらしい。真ん中に貴婦人が見える。

 小田代橋から湯滝へ向かって木道を少し歩くと錆色の小川があった。流れは真水だが、川底は赤茶けている。標札に『赤い川』……説明文は”溶岩流……、鉄分云々”。

 『赤い川』で、映画の”赤い河 (Red River)”を連想した。
 先日ビデオで見たところだ。いい映画だった。モノ黒の西部劇で、1948年の作品。

監督 Howard Hawks
出演 John Wayne, Montgomery Clift, Walter Brennan, Joanne Dru, ---
音楽 Dimitri Tiomkin

赤い河 後の西部劇名作 ”リオ・ブラボー (Rio Bravo)” と、監督もスタッフもキャストも、ほとんど同じ顔ぶれだ。
 リオ・ブラボー≠ナは、Montgomery CliftがRicky Nelsonに代わり、Dean Martinが加わり、Joanne DruがAngie Dickinsonに代わっている。
 音楽はどちらもDimitri Tiomkin。物語はまるで違っているが、どちらも文句なし。

 ”リオ・ブラボー”の音楽は”赤い河”を下敷きにしていたのだ。大好きな”ライフルと愛馬(My Rifle, My Pony, and Me)”は”赤い河”で使われた音楽だった。こちらものどかなシーンや哀愁あふれるところで流れた。

 『赤い川』を見ながら、そのことを思い出した。涸れた湿原は映画”赤い河”や”リオ・ブラボー”の荒原に似てなくもない。木道を歩きながら”ライフルと愛馬”をハミングした。

♪♪♪
The sun is sinkin' in the west.
The cattle go down to the stream.
The red wing settles in the nest.
It's time for a cowboy to dream.
…………
♪♪♪

 そこから40分ほど草紅葉の木道を歩くと池が見えた。泉門(いずみやど)池という。

泉門(いずみやど)池

 水面は、ミズナラやズミの樹影と水中植物の漂いが混じり合って芸術的な色彩コントラストを呈している。この池、戦場ヶ原がその昔湖だったことを示すそうである。 

湯滝(ゆだき)

 近づくにつれてますます瀑音に臨場感が加わった。その音はかなり遠くで聞こえはじめたものであった。

湯滝

 三ツ岳の噴火によって生まれた湯ノ湖から湯川への流れがいきなり怒涛の勢いで落ちる。それが湯滝だ。
 落差70m、豊富な水量が岩盤に砕け散りながら激しく落ちるさまは凄みがある。”名瀑の多い日光でも有数の滝”といわれる所以だ。昼食前の竜頭ノ滝よりさらに豪快であった。
 観瀑台は登山姿ばかりだ。竜頭ノ滝に比べまばらだった。 

 湯滝から光徳牧場への山道はすぐそれとわかる溶岩道で、いい!
 こんな自然が囲んでいる。カエデ、アスナロ、コメツガ、ダケカンバ、シラカンバ、紅葉の森林浴、草紅葉の湿原。
《幸せだなあ、ぼくは!》
 だれかの科白(せりふ)を思い出した。

光徳牧場→ホテル

 光徳牧場の近くに来て、ある特徴に気づいた。”立枯(たちがれ)”のこと。ここにもあそこにも。1本だけ孤立しているのでなく、何本も何本も。山博士によれば、原因は3つほど考えられる。
 1.火山の噴火による硫黄の仕業
 2.足尾鉱毒
 3.木々の寿命(100−300年)
「寿命じゃないの! あんたより長生きはしてるけどさ」
 ダジャレでオチをつけられた。

 光徳牧場で温かい牛乳とアイスクリームをいただいた。どちらも不思議なほど美味しかった。〆て400円は、金にうるさいぼくを満足させた。

 日光アストリアホテルはすぐそこだった。16:45。
 登山姿にはいささか不似合いの、ちょっとしたホテルだ。フロントはこんな姿に慣れているせいか、いやな顔をしなかった。
 さほどの疲れはないが、露天風呂はありがたい。ゆったり入って青空を眺めていると、すべての緊張が湯舟に消えた。

 ふかふかの布団は間をおかず快眠に誘う。手足を存分に伸ばして目を閉じた。山と湖と滝の景色が次々とコマ送りされて…………
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