『みさき』に母を見舞ったあと、三輪崎の弟宅に行くことになっていた。
 兄弟夫婦で団らん。母のこと、互いの近況、仕事のこと、趣味のこと、最近の新宮、三輪崎の話題、親戚知人、郷里の同級生の話、……。語らいは次々と枝葉を渡り歩いて、遅めの昼食はすでに夕刻まで長引いてしまった。
「明日(あした)何時に帰るん?」と弟。
「神倉山(新宮)に参ってからと考えているんやけど」
「それやったら、折角やさかに大戸平の古道を歩かへん?」
「そらあ、うれしいけど……」
「それじゃ朝10時頃迎えに行くよってに、ロビーで待っててくれる?」
 ということで、本日(12月19日)、兄弟夫婦4人で「熊野古道・大戸平」を歩くことになった。
 …………

 南紀湯川(那智勝浦の西隣)の夜が白んできた。ホテル『くまのじ』に泊まっている。正面の熊野灘はまだうすぼんやりしているが、左の”紀の松島”も右手の太地湾もそれと見通せる。
 朝日は太地湾の山から出るようだ。6時半頃に突っ掛けでホテルを出て、海沿いの小道で待つことしばし。厚い雲間に陽光が少し顔を出した。

湯川の海

那智高原公園

 10時前、弟夫婦が車で迎えてくれた。早速那智高原へ。真冬の寒さではないが、風が冷たい。
 10:20 那智高原公園から西を仰ぐと、間近の妙法山から遥か遠山まで、山並みは横に縦にうねっている。この眺め、弟は「重畳たる山並み」と言った。

重畳たる山並み

 公園の一角に『妙法山富士見台』という指標がある。
「あそこが妙法山やで」弟が説明をはじめる。
「20、30分上ったら展望台になったある。そこで撮った富士山の写真が飾ってあるんやだ。そやからホンマに、見えるときがあるらしいんや。なにせ300km以上も離れた富士山が、やで」
「ちょっと考えられんなあ」ぼくはいぶかる。
「そやのう、ものすごい幸運やないとあかん。空気の澄んだ冬の、日の出前後だけやろのう。気温や湿度、そのほかの条件も影響するようやけど、の」
 弟が付け加えた。

 熊野古道大辺路は、熊野速玉大社から高野坂を越えて、万葉集でよく詠われた三輪崎で海岸に出る。
 熊野灘沿いに佐野王子、浜の宮王子を過ぎ、那智山(なちいさん)への坂道をしばらく行くと有名な”大門坂”に着く。

大門坂入口
大門坂入口

『露しぐれ熊野古道は杖ついて』
 妻の句なりに上り道を辿って行くと熊野那智大社に着く。そこからかなり急坂を登ったところが那智高原で、ここに熊野古道大戸平口があった。北へ遥か彼方の熊野本宮大社への道だ。
 このルート、いわば熊野古道のハイライトである。難所は大雲取越えの越前峠。ここを過ぎると、小雲取越えを経て本宮大社に至る。
 厳しく険しく長い山道と往時の面影が延々と続いて、衆生をしばし神仏の世界に埋没させてしまうという。
 参考のために、両ルートのあらましをメモする。

大雲取越え
(約6時間)
小雲取越え
(約4時間半)
那智山バス停 (1km)⇒ 大戸平口、那智高原公園 (1.5km)⇒ 登立茶屋 (2km)⇒ 舟見茶屋(3.5km)⇒ 地蔵茶屋 (1.9km)⇒ 越前峠 (5.7km)⇒ 小口バス停 小和瀬バス停 (1km)⇒ 桜茶屋 (1km)⇒ 石堂茶屋 (1km)⇒ 松畑茶屋 (1km)⇒ 下地橋バス停

大雲取越え
大雲取越え

 ぼくたちは帰りの列車時刻に合わせて、大戸平口から舟見茶屋跡までを往復することにした。

 体験博まではこのように易しい道であったはずはない。石畳の坂道は往時と同じだろうが、山道はどこまでも整備されていた。ありがたい話だ。そうでなければぼく自身、いまここを歩いているとは云えず、まして他人(ひと)に「南紀熊野は素晴らしいですよ。ぜひ一度!」と、素直に勧められるはずはない。

山道

「杉と桧ばかりやね」、ぼくは落胆したように言う。
「ほとんど全部植林なんや。鬱蒼(うっそう)とはしてるけど」
 弟は同意する。続けて、
「杉や桧は実(み)はならんのや。知ったある?」
「へえー?」
「そやさかに、猪や鹿や熊や……、麓(ふもと)にえさを求めて降りて来るんやで。動物もこの辺はずいぶん少なくなったと思うよ」
 エコロジーの崩れたバランスは人知れず悪循環を重ねているようであるが……、それはそれとして。
 熊野は(片隅の)隈野。大げさにここを”地の果て”と呼ぶ案内書もある。”難行苦行”が観光誌のどのページにも踊り、”癒(いや)し”という言葉が手軽に扱われている。
 苦難なくして到達できない”癒しの邑(むら)”にしては、住人はぼくを含めて平凡だ。

 弟が妙なことを言った。
「山形県と和歌山県は似てると思わへん?」
「そうやね……?」
 言っている意味がわかりかねる。
「山伏といい、反骨精神といい」
 弟の声は高くなる。
「あちらは”おしん”の”耐える”だけどさ、こっちは何せ”あきっぽい”からね」
 ぼくはまぜっかえす。
「温泉も似てるよ」と弟。
 すかさずぼくは、
「日本海と太平洋。大雪の北国と太陽の南国。対極やね。小説家でもあんたの好きな山形の藤沢周平に比べると新宮の佐藤春夫や中上健次はかなり違うんじゃないの? 米沢藩を立て直した上杉鷹山に対して紀州は手まりの殿様だし……」
 弟は依然不満顔で、
「そうかなあ……。どっちも魚は美味しいし、山菜も豊富だし、山並みもあるし、立派な川も流れているし」
「行きたくなってきたね! 行ってみようか」
 前後の話を忘れて、ぼくはけしかける。
「行こうよ」
 弟はやっと笑顔になった。
「山に登って温泉に入って、ネ!」
 ぼくは早くも桃源郷を想像している…………

 西斜面からの寒風はかなりこたえる。時計は12時を指した。
「風のないところで一本立てようか」
 弟が片目をつむりながら声をかける。
 妻は怪訝(けげん)な顔をしたが、ぼくはしたり顔で、「ひと休みしよう」ということだよ、と注釈しながら、
「そうやね。そうしようや」
 この前進呈した岩崎元郎先生の山の本で学んだようだ。

 紀の松島を見晴かす絶好の東斜面で弁当を広げた。日溜まりになっていて、なんとも心地よい。すべてがノブやん(弟の妻君の愛称)の手料理だった。忙しい英語塾の合間を縫って準備してくれたのだ。
「おにぎり、美味しいわね。どこの米?」妻が訊く。
「佐野の米やよ。今年の」
 にぎやかに話す3人を尻目にぼくはスナップショットに夢中だった。

熊野灘
昼食

山道 すぐそこが舟見茶屋であることを確認して、戻ることにした。
「寒い!」どころではない。
 しばらくの休憩でくつろいだ体を厳しい寒風が吹き抜ける。
 4人ともフードで頭と耳を覆う。指は手袋の中でもかじかんで痛い。乾く唇をなめるとさらに乾いてぴりぴりする。すでに頬は強(こわ)ばっている。

 往路より遥かに厳しさを増した復路を、励ましあいながら確かな足取りで戻った。ときどき前方に顔を出す熊野灘の景色はこちらの寒風と底冷えを知らぬげにいとも長閑(のどか)だった。

野イチゴ

「遅い」
 弟と大戸平古道口に戻って数分たった。さらに待つ。先ほどまでノブやんと妻は寒い中ではしゃいでいたはずだ。絶えず笑い声が聞こえるから、安心して前を進んできたのだった。
「まさか」
 道に迷うはずがない。斜面へ落ちるはずもなく、転んで怪我をしたとも考えられない。
 弟は下りたその足で、駐車場へ車を取りに行っている。
「おかしい!」
 来た道を戻ってみることにした。と、あいも変わらずの笑い声が遠くに聞こえた。

山道

「野イチゴ美味しいわよ!」
 二人とも両手にあまるほどソレを葉ごとに携えていた。口をもぐもぐさせながら。
 確かに美味しい。ほのかに甘くて優しい味。
「熊野の味ですね!」
 妻の感想のとおりだった。

 車に乗る前に大戸平古道口で弟と写真に収まった。先日M君から40年近く前の写真を受け取ったが、その中の弟と二人の写真を意識してであった。

弟とぼく
弟とぼく

 いつ会っても互いに年齢(とし)は関係ないが、こうして二つの写真を前にすると、年輪を感じざるを得ない。ぼくは来年(2000年)還暦、弟は孫がいる。

 …………
 予定よりかなり時間を費やしたが、14時06分の那智勝浦発臨時特急「南紀」に間に合った。かろうじて。
 友人Yさんに約束してきた土産”ねぼけ堂の瀧の音”はあきらめざるを得なかった。名古屋で”ういろう”を買って、ひとしきり弁解することにしよう。 

第28話「熊野古道」 おわり 

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高野坂 大戸平
第27話 第29話>
再朗読(2023.04.12)
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