先月(2002年9月)中旬、高校同期と奥飛騨に旅行した。
夜、I君と同部屋になって、話し込んだ。彼は苗場カントリーロッヂを経営している山男だ。
「いつか苗場山(なえばさん)に登ってみたいんだけど。大丈夫かな、ぼくでも……」
半ば肯定を期待して話を向けると、
「うん。紅葉の頃がいいね」
彼はそう答えて、その場は終わったのだった。
1ヶ月近く経って、カントリーロッヂから電話がかかった。
「急なんだけど、15日に1泊2日で来ないか?」
3日後じゃないか。もどかしく手帳をめくる。できれば16日を避けたい。1日前倒しなら……、明後日になるが。
「14、15日のほうが都合いいんだけど」
「いいのかい?」
1分の会話で苗場山が決まった。
…………
何年か前に山歩きをはじめて以来、登ってみたい山にいつも苗場山があった。苗場スキー場のせいで、当初は名前のなじみと低山ハイキングの思い込みがあった。
「違うんだよ、苗場山は!」
あのとき山仲間は、地図を前にして教えてくれたものだ。
「苗場スキー場はさ、筍(たけのこ)山(1790m)にあるんだよ。"たけのこ"より"苗場"のほうが格好いいだろ。だから、そう名付けたのだろうけど。ほら、筍山の証拠には、あたり、ゲレンデだらけでしょ!」
「苗場山はこのスキー場からずっと向こう。ご覧、西北に直線でも10キロは離れている。頂上は新潟と長野の県境だ。2145mの山だけど、厳しいんだよ。1泊でないと無理だしね」
「でも夏から秋にかけては最高だよ。お花畑はいいし、紅葉もみごとだし、頂上の眺めはそれこそ全開だ。一度は案内したいね!」
山仲間に何人か新潟県出身がいたこともあり、《そのうち実現!》を期待しながらむなしく時が過ぎ去っていた。
…………
《できれば16日を避けたい》、にふれる。
いま、テニスに夢中なのだ。妻に誘われるまま、昨年7月、近くのスクールに通いはじめて、はまってしまった。意欲のわりに上達はままならないが、楽しい。
当面の目標は妻。ということはまだ、「よくなってきたわよ!」と励まされるレベル。
ともあれ、"健全な精神は健全な身体に宿る"。これ間違いない。リハビリにもいいし。
たまたま今週はスクールが休みで、遠出には絶好。と言いたいところだが、16日は特訓練習の予約をしていた。いまは「キャンセルすればいいじゃないか」に抵抗感がある。
苗場山前日の13日、スクールで試打(しだ)会があり、参加した。
ラケットは妻のお古が気にいっているが、最近目移りもしてきた。その矢先の試打会だ。
お世話になっているコーチ陣のアドバイスと当日の試打の結果、Volkl(フォルクル)の1本が気に入った。
値段が……。
「年齢(とし)を考えれば一生ものだし。ゴルフ道具に比べりゃ」
勝手な理屈づけで購入を決めた。16日の特訓はVolklでデビューだ。

というわけで、苗場山登山は体育の日(14日)となった。
快晴、まさに運動会日和。なのに…………
出掛けに妻が、「レインコート入れた?」
《日和に傘か》鼻で笑ったら、
「新潟は雨らしいから」
まさかと思いつつ、ザックに入れた。
10月14日(月) |
浦安の自宅(6:30バス) ⇒ JR舞浜駅(7:00京葉線) ⇒ JR東京駅(7:48上越新幹線)
⇒ 越後湯沢駅(9:30車) ⇒ 登山口和田小屋1380m (10:10) |
和田小屋出発(10:20) ⇒ 下ノ芝(11:45、昼食) (12:30) ⇒ 中ノ芝(13:15)
⇒ 小松原分岐(13:45) ⇒ 神楽ヶ峰(14:10) ⇒ お花畑(14:45) ⇒ 雲尾坂(15:25)
⇒ 苗場山頂2145m (15:50) 山頂ヒュッテ泊 |
10月15日(火) |
山頂ヒュッテ発(7:20)、大湿原散策 ⇒ 下山開始(9:05) ⇒ 神楽ヶ峰(10:50)
⇒ 小松原分岐(11:15) ⇒ 登山口和田小屋着(14:05) |
越後湯沢駅(15:15上越新幹線) ⇒ JR東京駅(17:00京葉線) ⇒ JR舞浜駅(17:30バス) ⇒ 浦安の自宅着(17:45) |
2002年10月14日(月)、7:00。
この時間、さすがの舞浜駅もさほど賑わっていない。が祝日で快晴。1時間もすれば、ディズニーリゾート客で膨れ上がるだろう。
ここから京葉線で東京駅へ向かう。
…………
昨夜I君に電話で念を押した。
「そんなに遅くていいのかい?」
「いいんだよ。大丈夫」
安心させてくれたのだが。
東京駅で上越新幹線7:48発に乗る。予定のより一列車早い。9:00越後湯沢着だ。その旨、車中彼に電話すると、奥様が出て、
「お気をつけて楽しんでください!」
越後湯沢駅に着いて、しばらく待つ。
「いやあ、すまんすまん」
I君が頭かきかき、駆け足で来た。途中の交通事故のとばっちりまで計算できなかったようだ。
彼のステーションワゴンで、登山口の和田小屋へ。途中検問所があり、彼は慣れた手つきで"苗場山登山申請書"に記入した。
10:00過ぎ、和田小屋着。苗場山祓川(はらいがわ)コースの登山口だ。
I君は勝手知り顔で、"おきまり"らしきところに駐車。

「昨日は最高の天気だったんだけど……」
彼は残念そうに空を眺める。黒雲が徐々に青空を侵食しつつある。妻の助言が当たりそうだ。
靴ひもをしっかり締めながら、覚悟を決めた。
10:20、登山口出発。
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